夢、死ね
ーーーなんとストレートに炎上しそうな言葉だろうか。
なかなかにひねくれた題名である。
そもそも「夢」「希望」「やりたいこと」といった類の言葉は多くの人に好まれている。就活でも、転職でも、または普段の生活でもこれらのコトを持ち合わせてるほうがいいなんて言われてますし。
恐らく大抵の方にとって「やりたいこと追いかけること」「大きな目標に向かって努力をすること」等は、とても美しく、そして魅力的に見えるもの。
そこにちゃちゃをいれようもんなら即座に、
「コドモノキョウイクニヨクナイ」や
「ドリョクシテルヒトニシツレイダ」などの
謎の呪文攻撃をくらうことになる。
それを考えるとこの本は学校には少々置きづらい。
生徒が読書感想文の題材にしようものなら緊急会議が開かれるだろう。
そのくらいにショックの大きいタイトルの本である。
えげつない経験談から紡ぐ「夢、死ね」
タイトル通り、著者はとにかく夢だの希望だのやりたいことだのをけちょんけちょんにする。仕事は大変で、嫌なことばかりで、嫌な人間が多くて、逃げたくなることばかり。そんなことをとうとうと語っていく。
もちろんなんの根拠も無く妄想でこのフレーズを語っているのではない。
自身が職場で経験した“大人の汚い世界”やら“理不尽な出来事“をベースに語られている。
クライアント企業と上司とその他諸々訳の分からないステークホルダー的な人物の間で板ばさみになり、最終的に「ーーー仕事って、怒られないためにやるんだなーーー」と思い知ったり、15日間で5時間しか寝れず頭がおかしくなりそうな状態で大規模な案件をこなしてほっと一息ついたら、なんか好きでもなんでもないおっさんに手柄をぶんどられたり、クライアントの商品を面白く宣伝しようとしたら、クライアントが怒ってるわけでもないのに「えーこれはまずいよーいや、意見は聞いてないけど。でもまずいなーまずいと思うなー」と勝手に心配して勝手に自爆したり、まあ色々経験してらっしゃる模様。
もちろんこれは広告業界という限られた範囲での体験がベースになっているため、
人によっては「え?こんなことがホントに?」と思うかも。
広告業界は他業界に比べて特殊という話もよく聞きますし(D通とか電Tとか)。
なので全て鵜呑みにするのはNG。著者の偏見も含まれていることでしょう。
でも、こうした経験から導き出された著者のいくつかの結論
―――「人が仕事をする理由は怒られたくないから」ーーー
ーーー「組織は個人の名前を潰す」ーーー
ーーー「仕事をプレイと考えろ」―――
etc
これらはきっと社会人の読者にとっては「ああ、よくあるなあ」と共感を生むだろう。でも、学生はもしかしたら共感どころか反発するかもしれない。
「え、こんなことあるの?」
「これこの人が仕事できないだけじゃないの?w」
「ださい大人だなw俺には関係ないよw」
こんな具合だろうか。自分の理想を描いている学生なら、特に。
なにぶん本文の中にそういった若者を(精神的に)ぼこぼこにするような描写もあるので反発もしょうがないなと思いますが。
僕はもれなく社会人側の感想を持ちました。
「絶対あるわ、これ」と。
もちろん本に書いてあるような強烈な体験談は無い(そもそもそれほど強烈な業界にいるわけでないので)。
でも先述した著者の伝えたいメッセージは痛いくらいに伝わってまいりました。
この箇所なんかはもう、ね。共感する人は多いのでは。
だからこそ「50ポイント減点」という制裁を与えることに加え「出入り禁止」という最強カードをちらつかせることによって広告代理店の謝罪を獲得し、ペコペコさせた上で「お前ら失敗したんだから、もっとサービスしろよ。出入り禁止になりたくないだろ?もっといい提案しろよ、分かってんだろうな?エッ!」という話になるのである。
カネを出す側は神様なのである。引用:夢、死ね!~若者を殺す「自己実現」という嘘~
著者が「別にクライアントの株価や評判を下げたりするわけでもないような些細な行き違いによって必要以上に怒られ、めんどくさい謝罪をさせられたとき」に、クライアントから「今後ちゃんとやらないとお前らに仕事あげないゾ☆」と遠まわしに脅されたときの文章である。
まあ、そういうことですよ。ええ。
クライアントには逆らえない、というのがサラリーマンの常なのでございます。
会社に入るまでは色々と理想的なことを考えちゃうんですよね。
「自分の思いに共感してくれるパートナーを!」
「損得勘定無くお付き合いの出来る会社を!」
大抵は、その像はガラガラと音を立てて崩れていく。
僕の周りでも二年経たずに転職する人の多いこと多いこと・・・・・・。
もちろんそうではない方もいるのは重々承知の上。
昔からの付き合いであるため、思いを中心に結ばれている会社もあるでしょう。
しかしおそらくそういった会社はほとんどいないはず。
大抵は結局「―――お金を出せる奴が偉いーーー」ここに帰着するわけです。
様々な選択肢を与えてくれる本
この本はとにかく、煽る。
そんなストレートな言葉を言わなくてもいいじゃないかというくらいに、煽る。
仕事はくそめんどくせえという事実を、これでもかというくらい突きつけてくる。
そういった煽り表現にアレルギーが出る人もいるのではないでしょうか。
でもこの本は”妙な煽りで薄っぺらい議論を展開する”のが目的ではない。
―――無理にキラキラしたモノに自分を合わせなくていいじゃないか。ダメならダメで自分に合ったものを探せばいいんだ ーーー
そんなメッセージがこの本にはある。
オッサンのダミ声による『ハッピーバースデートューユー』はなかなか趣があった。タバコの煙が充満する中、スーツ姿のオッサン、しかもその日初めて会ったオッサンに誕生日を祝ってもらっている24歳の新入社員。この時
「社会人っていいじゃん」と思った。
引用:夢、死ね!~若者を殺す「自己実現」という嘘~
これは本書の最終章での著者の言葉。
新入社員時代に出張で訪れた愛知県で、その日に会ったばかりのクライアントのメーカーのオッサンやトレーナーの人に、たまたまその日が著者の誕生日だったため仕事後の飲み会にてノリと勢いでバースデーソングで祝って貰ったときに感じたことだそうだ。
「さんざん仕事の辛さを語った後にこれかい!」と突っ込みたくなる人もいるかも。
でも別にこの結論はタイトルとはなんら矛盾はしていない。
著者が幸せと感じるのは、こうして社会人仲間とふざけたり、
仕事終わりに一杯ひっかけたり、そんなシンプルなこと。
居酒屋でくだをまく
カラオケではっちゃける
お酒を浴びるように飲む
学生の頃の自分からしたらもしかするとなんかださい大人だなと思うかもしれない。
でも、それが幸せならそれでいい。
「夢、死ね」―――これは決して、
「若者は黙って年上の言うことを聞いて馬車馬のごとく働けこの野郎」
という“諦め”を強制するものではなく、
「無理して輝かしい未来を目指さなくても自分にとっての幸せがあればそれでいいんじゃねーの?あんま無理すんなよ」
という“選択肢”を与えてくれているように思います。
もちろんそれらを考慮したうえで自分のやりたいことに邁進するならそれはとても尊くて素晴らしいことだと思いますし、大人はそれをひっそり見守る義務があるかと。
でも全員が全員キラキラ輝くなんて、無理。
キラキラ輝くのが苦手な人は、ひっそりとでも自分の幸せがあればいい。
「やりたいことを見つけよう!」という呪いにかけられた就活生や、
「会社辛い。やりたいことない辛い」という僕のような若い社会人に
是非読んで頂きたい一冊です。
煽りが多すぎて途中で落胆することもあるかもしれませんが、煽りはあくまで書き方の問題。その裏にある“優しいメッセージ”に気付いて頂ければなと。