【書評】あなたは主人公をバカに出来るか?『コンビニ人間(村田沙耶香著)』にえぐられた

 

 

 

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ーーー25歳、正社員をたった一年ちょっとで辞めて、今は派遣社員。

改めて字面を並べてみるとえげつない。

 

 

「この若さで派遣?バカじゃないの?」

「何もスキル付いてねえじゃん」

 

 

諸先輩方からこのような怒号が飛んできそうな経歴。

 

 

 

まぎれもない、僕のことである。

 

文字に起こすとグサリとくる、この経歴。
もう変なビジネスに手を出してしまいそう。一発逆転、、、誰でも儲かる、、、うへへ、、、

 

 

 

そんな僕は、ある日書店でこんな帯のコメントを見つけてしまった。

 

 

36歳未婚女性、古倉恵子。

大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。 

 

 

今回ご紹介するコンビニ人間の帯コメントだ。 

「ああ、やばいやつじゃん、こいつ」と気づいた時には本を片手にレジへ。しがない派遣社員はこの文章だけで、何やら親近感が湧いてしまったようである。

 

 

「普通じゃない」女性の物語

 

本書の主人公は先述の通り、36歳未婚女性、古倉恵子。結婚もせず恋愛経験もなく18年間、コンビニバイトで生活している女性だ。主食はコンビニの商品で、日常生活もコンビニに侵されている。どこそこにビルができたから客が増えそうとか、飲食店が出来たから弁当の売り上げに影響がありそうとか、休日はそんなことばかり考える日々。自分はコンビニも一部であると実感するほどの「コンビニ人間」だ。

 

 

 

 

そんな彼女、古倉恵子は昔から少し「普通ではない子供」だった。

 

 

 

 

幼稚園のころ、母親や友人と一緒に公園で遊んでいた彼女。ふと見ると一羽の小鳥が死んでいる。そんな鳥を見て「父親は焼き鳥が好き!だから今夜はこれを食べよう」という発言をしたり、

 

喧嘩をしている同級生を「止めて!」と言われた彼女。そこで彼女がしたのが、喧嘩をしている子をスコップでぶん殴る、というもの。

 

彼女の中ではあくまで冷静に、合理的に考えた結果そのような判断に至った。でも普通はそんことはしないものだ。死んだ小動物は土に埋めてあげるし、友人の喧嘩を止める時に武器を持ったりはしない。

 

彼女はいわゆるサイコパスに近い感覚を持っているのだと思う。

人の気持ちがわからないというアレだ。

 

このサイコパスはよく犯罪者と結びつけて考えられる。有名な事件だと、精神鑑定やらなんやらでメンタルの部分が取り上げられたり。彼女が何か犯罪を起こすようなことはもちろんないが、多分それに近い感覚は持っているだろう。

 

とにもかくにも、サイコパスというものに対してのイメージは人それぞれ。

だが、良いイメージを持つ人は少ないだろう。

 

 

「あいつは変わった思考回路をしている」

「普通じゃない」 

 

 

どちらかというとのけものにされうるような対象でないだろうか。

ここまで書くと、彼女がなぜ36歳まで恋愛経験もなくコンビニバイト一筋18年でやってこれたのか見当がつく。

 

 

 

 

一般的に考えれば彼女は、普通じゃない。

 

 

 

 

この年齢はいわゆる適齢期。普通は結婚したり、そうでなければどこかの会社の事務員としてでも働いていいなきゃおかしい、と思われる年齢だ。

 

 

 

でも彼女はそれをしない。

なぜならコンビニこそ彼女にとって「普通の象徴」だから。

 

 

 

幼少期の出来事もあり、周囲から「お願いだから普通になって」と言われ続けてきた彼女。しかし彼女にとってはあくまで合理的に考え行動しただけであり、何が「普通じゃない」のかがわからない。

 

そんななかでコンビニバイトを開始。

周囲はそれを成長だと喜んでくれた。

  

彼女自身も「コンビニ」という限られた空間を通じて、

 

 

普通の人はどこで怒るのか?

こういう場面ではそう言ったリアクションを取るのが正解なのか?

 

 

と、普通に近づくための経験を積み重ねていく。同年代の友人とも(表面上は)うまく付き合い、普通の人間関係を築いていく彼女。

 

 

 

そんな風に、みんなの思う普通を演じ続けいた。

 

 

 

でも年齢が上がるにつれて今度は

 

 

「いい人はいないのか?」

「いつまでバイトなのか?」

 

 

と、新たな普通を押し付けられる。彼女はそれが理解できない。今までは普通の「コンビニ店員」でい続けることでみんなが喜んでいたのに、今度はそれとは違う価値観を求められる。彼女からしたら別の世界へ放り込まれた気分だろう。

 

なぜなら彼女にとって「コンビニを構成する一要素としての自分」が普通だったから。

そしてみんなもそれを喜んでくれたから。なのになぜまた別の価値観を求めてくるのか。

 

 

 

僕が狂っているのか?とは思いたくない。

 

この本を最初に撮ったきっかけは、彼女の経歴に自然と反応してしまったから。所詮創作にすぎない本の主人公に反応するなんてあまりしないものだが。

 

世間的には普通じゃない経歴をぶら下げて働く僕。この年齢なら普通は正社員だ。その点で僕は、「普通じゃない」と思われ続ける彼女とそんなに変わらない。

 

では僕が自分のことを「サイコパス気質で犯罪を犯すような奴」と感じているかというと、もちろん違う。人並みに会話はするし、ずっと家に引きこもっていることもない。一応は働いてるし。もちろん犯罪なんか起こしたことはない。

 

 

 

 

正社員で働くと異常に疲れてしまいそうだから。

 

 

ただそれだけで今は派遣社員をやっている。将来のこと云々カンヌン言われることはあるが、それでも正社員であっても年金とかいろいろ未来のことは不安定だし、自分の時間が縛られるのは本当に嫌い。

 

(昔と違い)将来の安定が確保されていない中でずっと会社に縛られて、老後に後悔する可能性があるのは嫌だな、という一心。もちろん今後正社員になるかもしれないけど、今はそんな気持ち。

 

こんな自分の気持ちを改めて文章にしてみると、これが狂ってるとは思いたくはない。将来の安定が確保されてない中で、今現在、辛い環境に置かれるのは嫌だろう。きっと誰でも。むしろ自分では普通の判断じゃなかろうかと思ってる。

 

 

 

 

そんな状況の僕が本書を読むと一概に「古倉恵子は普通じゃない」とはどうしても言えない。

 

彼女からしたら、死んだ鳥を焼き鳥にしようと言ったのも両親を喜ばせるため。友人をスコップで殴るのも喧嘩を止めるため。

 

自分にとって普通なことをしただけだ。むしろ、自分にとっての普通を壊しにかかる周囲が異質に見えることだろう。

 

 

 

 

今の僕もそう。なんでわざわざ残業してまで会社に尽くさなければいけないかわからないし、自分が満たされていないのに身を削ってまで「お客様第一!」を掲げなければいけないのか。それが当たり前だと言ってくる年配のことが理解できないでいる。

 

 

あなたは主人公をバカにできるか?

 

これらを踏まえて上で判断してほしい。

 

あなたは主人公をバカにできるか?

 

「36歳で未婚のコンビニバイトとかおかしい」と言えるのか?

 

彼女にとってはそれが普通なのである。

 

彼女をバカにするあなたはきっと正社員で、毎日いそいそと働いているだろう。逆に彼女からしたら「コンビニこそ私の世界。そこにいることの何がおかしいのだろう?」と思うだろう。

 

もし仮にあなたが、派遣の僕をバカにしたとしよう。そうしたら僕は「毎日辛いのに、将来が確定しているわけでもないのになぜそんなに身を削れるのだろう」と感じると思う。

 

 

 

自分にとっての普通が他人にとっての普通とは限らない。逆に自分にとっての異常が他人にとっての普通だったりもする。所詮普通なんてものは、それまで生きてきた中で培ってきた価値観の塊でしかない。

 

みんながみんな全く同じ生活を送り、同じ価値観を身につけることはありえない。であるならば、それの結果である「普通」という概念も人によって違ってくる。それなのに何が普通で何がおかしいのかなんて、決められるのだろうか? 

 

 

当たり前だが、本書を読んでも響かない人はいる。「どう考えても普通じゃねえよ」と。でもそれすら、本書が響く人にとっては「普通ではない」のである。

 

 

そんな、普通がゲシュタルト崩壊する「コンビニ人間」、純粋な小説としても大変に面白いのでオススメである。 

 

 

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